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と、練吉はわざとらしく顔をしかめてみせた。
相手はしばらく黙つていた。だが、場所が高いのと、柵の中にいるためか、落ちついて答へた。
房一はいくらかつんぼの道平の耳に口を寄せて、大声で云つた。
練吉と房一は、川沿ひの路を、肩を並べて自転車を走らせていた。
正文は顎をつき出しては一寸笑つて、ふむ、ふむ、とひとりでうなづいていた。
と、云つた。彼は殆ど房一の前に立ちはだかつた恰好だつたが、もぢもぢして、何だか自分を小さく感じていた。房一と目を合せると、すぐに外らせて、急にぐつたりとした様子になりながら、
房一は生返事をしてからふり向き、うなづいて見せた。彼はよく聞いてはいなかつた。
「梨地から水神淵へ降りる路ができたからね、そこへ出れば、帰りはずつと楽だ」
それは初めて口に出す言葉だつた。
「かういふ玩具おもちやのやうなものを出して、年甲斐もないことでした」
「この人はちっと眠むがってるでな……」
こんな風にして、徳次は河原町に集つた荷を船に積んで、河口の吉賀まで運んで行くのである。だが、遡さかのぼるのは十倍も厄介だつた。空荷なのがせめてものことで、手伝ひの船頭を二人はどうしても雇ひ入れなくてはならない。一人を舟にのこして、後の二人は肩に綱をかけて岸に沿つて曳き上るのである。下りが四時間たらずで行けるところを、まる一日、水でも増えると朝早く出て夜に入ることがある位だ。これが徳次の父親の、その又前の祖父の代からの家業だつた。足場の悪かつた昔なら、これでもれつきとした、又実入りも悪くない商売だつたにちがひない。だが、国道ができてからは荷馬車といふやつがごろごろ大きい音をたてて通るし、おまけに鉄道が西と東と両方から伸びて来て、もう少しでこの附近もすつかりくつついてしまひさうだつたから、先の心細い商売になつていた。
若しもこの時誰かが、この男、徳次に向つて君はこの奥さんの幼い時に抱いたり負んぶしたりしたことがあるのかねとからかひ半分に訊いたら、彼は本気になつて考へこみ、何かしらそんなことがあつたやうに思ひ出し、信じこんだかもしれない。何しろ彼は房一とあんなに親しかつたのだ。盛子はその房一の奥さんだつた。してみれば、やはり古い以前から知つているも同然ではないだらうか。抱きかゝへてあやしたこと位あるかもしれない。